韓非子に学ぶ説明の難しさ

韓非は今から2200年以上前に活躍した中国の思想家です。よく「韓非子」という尊称で呼ばれます。のちに始皇帝と呼ばれる秦王の政は、韓非の著書を読んで「この作者に会って話し合えるならば死んでもかまわない」というほど感銘を受けました。韓非の思想は「法家思想」と呼ばれました。妥協を許さず、厳格な法治による政治を主張します。その考え方は現代でも通用するところがあります。今回は韓非の著書から「自分の意見を人に説きすすめること」の難しさについてお話します。

韓非によると、上司や決裁者に自分の意見を説くときの難しさは、自分の弁舌の能力にあるのではありません。自分の意見を説くときの難しさとは、その相手の心の内を知ったうえで、自分の考えが相手の心にかなうようにすることができるか、という点にあります。

例えば、SDGsのキャンペーンという企画を提案するとします。このとき決裁者が名声が高まることを望んでいる人物だとしましょう。そんな相手に対して「SDGsキャンペーンをやるとこれだけの利益が上がりますよ」と説明したら、相手に「目先の利益しか考えない卑しい人間だ」と思われます。もし決裁者が大きな利益を望んでいたとします。そんな相手に「SDGsキャンペーンをやると会社の評判が上がりますよ」と説明すると、相手に「実状にうといやつだ」と思われます。いずれの場合も、あなたの案は見捨てられます。つまり、説明する内容の整合性とか説明のうまさの前に、相手が望む方向性の内容になっていなければ切り捨てられるということです。

さて、ここから話はさらに難しくなります。相手が表向きには名声が大事だといいつつ、本心では利益を欲しているとします。この相手に「キャンペーンで名声が上がりますよ」と説明すると、うわべでは受け入れますが本心では「大事なのは利益なんだよ。使えねえな」と疎まれます。「キャンペーンで利益が上がりますよ」といえば、相手はかげではその意見を利用しますが、表向きには「利益のことばっかりいう下劣な人間だ」といって切り捨てます。

この実例として韓非は古代中国、鄭の武公の逸話を紹介しています。鄭の君主である武公は、胡の国を攻めようと考えました。しかしすぐに行動を起こせば抵抗されるおそれがあります。そこで、武公は自分の娘を胡の君主に嫁がせました。その後、臣下に質問しました。「挙兵しようと思うんだがどこを攻めるのがいいかな」と。関其思は「胡を攻めるのがいいでしょう」と答えました。すると武公は「胡は娘の嫁ぎ先で兄弟のような国だ。これを攻めるとは何事だ」と怒って関其思を処刑しました。胡の君主はこの話を聞いて、鄭をすっかり信用してしまい、鄭への備えをしなくなりました。その隙に乗じて鄭は胡を攻めて奪い取りました。武公は表向きには「胡は友好国だ」と言いながら、本心では攻めたかったというわけです。関其思はその本心にそって意見を主張したのに、殺されて気の毒すぎます。

「表向きの言動と本心が違ってたら何言ってもダメじゃん」と思うかもしれません。しかし世の中そんなものなのです。私の以前の上司のひとりは、コンサルタント出身でとことん理詰めで考える人でした。説明のロジックが通っていなかったり、深く考えずなんとなくで案を出したりすると徹底的に詰められました。一方で、考え抜かれた意見に対しては、上司の意見と対立する内容であっても尊重する人でした。私はその上司のもとで、立場や役職で遠慮することなく、自分の意見を論理的に主張する技法を学びました。

その次の上司も「立場に関係なく忌憚のない意見大歓迎」というスタンスでした。そこでこれまで通りに仕事を進めていると、その新しい上司にかなり嫌われてしまいました。その上司は表向きにはオープンな方針を示していたものの、実際はガチガチの形式主義でメンツを重んじる人だったのです。そんな相手に遠慮なく意見を伝えた結果、相手に「上下関係を無視してズケズケ言ってくる失礼な奴」と疎まれる結果となりました。

現代においても、キーマンの「表向きの願望」と「本心の願望」を見抜くことが重要です。これは組織に属している人だけでなくフリーで活動している人にもいえます。フリーの人もたいていは誰かの決裁を経て仕事をもらいますからね。韓非の思想は「韓非子」として多くの出版社から出版されています。興味をもった方はぜひ読んでみてください。

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