1953年、リチャード・クラッチフィールドによっておこなわれた実験を紹介します。5人の参加者が仕切られたスペースに座ります。それぞれの参加者はパネルに映された問題を見て、順番に解答します。参加者はお互いの姿を見ることはできませんが、他の参加者の解答内容は見ることができます。この実験には5人の参加者がいますが、4人は実験者側のサクラで、本当の被験者は1人だけです。
始めのうちは、かなり簡単な問題です。ふたつの図形が現れて、どちらが大きいか答えるものです。被験者はまず、最初の解答者になります。そして順番に、2番目、3番目、4番目の解答者になります。解答する際、自分より前の解答者がどう答えたか見ることができます。ここまでは非常に簡単な問題であるため、被験者はテンポよく正解を続けることができます。
最後に被験者は5番目の解答者になります。5本の線が描かれたスライドが映されて、どの線が長いか答えるという問題です。誰がどうみても、Eが一番長いことは明らかです。さて、最初の解答者の答えは・・・Dです。2番目の解答者の答えもD。3番目、4番目もDと答えます。さて、被験者はどうこたえるでしょうか。被験者が最初の解答者だったら、躊躇なくEと即答するでしょう。しかし、この状況で50人中15人は自分の見たことを無視してDと答えました。
これは約70年前におこなわれた実験ですが、今実施しても同じような結果が得られるのではないでしょうか。人間は大昔から集団で生活してきました。道がふたつに別れていて、自分以外の全員が「Aに進むべきだ」と言っていたら、自分は「Bに進むべきだ」と思っていても皆に従うのが妥当でした。自分ひとりでBに進むより、結果間違っていたとしても皆と同じAに進んだ方が生き残れる確率が高いためです。2020年代の現在、テクノロジーの発達によって、大多数の意見に従わなくてもひとりで生きていく術はあります。しかし、多くの人は本能的に古くからの習性に従ってしまうようです。先の実験では、被験者はたまたま同じグループになっただけの他の参加者の解答にすら影響されてしまっています。
クラッチフィールドは答えが難しい問題も試してみました。いくつか数が並んでいて、被験者は欠けている場所に当てはまる数を解答します。実は数は何の規則性もなくランダムに並べられたもので、正解は存在しませんでした。この問題では、被験者の約8割が最初から答えることを放棄するか、熟慮して解答しようとしませんでした。彼らはグループの他のメンバーの言うことに従いました。
心理学者のロバート・バロンらは、同調圧力に関してさらに踏み込んだ実験をおこないました。被験者は短時間映し出されたスライドを見て「その男の服装は?」「容疑者たちの中にその男はいたか?」といった質問に答えます。毎回3人がテストを受けます。そのうち2人は実験者側の人間で、わざと間違った解答をします。
テストは「イージーモード」と「ハードモード」の2種類あります。イージーモードでは、スライドが繰り返し映されるか、長時間映されます。この条件では被験者はほぼ正解できることがわかっています。ハードモードでは、スライドが映される時間はほんのわずかです。この条件では、被験者が正解するのは困難になります。
また、被験者を2つのグループにわけて、テストの目的について異なる内容を伝えました。一部の被験者は「これは人の認識についておおまかにつかむための実験で、その結果は将来いつか使われるかもしれません」と言われました。これはテストの重要性が低いバージョンです。残りの被験者には「今回の結果は、警察や司法での目撃証言の基準作りに役立てられる予定ですから、真剣に取り組んでください。また、このテストで最高点を出した参加者には賞金が与えられます」と言われました。こちらは重要性が高いバージョンです。ということで、難易度の高低と重要性の高低、2×2で4パターンができました。
イージーモードで重要性が低いパターンの場合、約3分の1の被験者がサクラの意見に同調しました。イージーモードで重要性が高いパターンの場合、約15%の被験者が同調しました。重要性が高いと認識している問題に関しては、多数派の意見を無視して自分が見たことを押し通す割合が増えるというわけです。
次に、ハードモードの結果をみてみましょう。ハードモードで重要性が低い場合、同調する人の割合はイージーモード・重要性低の場合とほぼ同じでした。そして、ハードモード・重要性高の場合、同調する人の割合は増えました。また、この条件下において被験者は、自分の答え(サクラの意見に影響された間違った答え)の正確性についてより強く確信をもつこともわかりました。
この実験の結果によると、複雑で答えを出すことが困難であり、かつ重要性が高い問題について人は多数の意見に影響されやすく、しかも(たとえそれが間違っていたとしても)その意見に関して強い確信を持ちやすいということです。これが悪用されると非常に危険な香りがしますね。人はこういう性質があるということを理解して、悪用されていないか注意を働かせることが重要なのではないでしょうか。