1913年8月18日、モンテカルロカジノのルーレットで信じがたいことが起きていました。26回連続で黒が出たのです。ルーレットで26回連続同じ色が出る確率は6660万回に1回であり、非常にまれな出来事です。5回、10回、20回と黒が立て続けに出るごとに、赤への賭金はどんどん釣りあがっていきました。「こんなに続けて黒が出たということは、次は赤が出るはずだ」という予測をしたのでしょう。しかし、黒が26回連続で出たとしてもその次に黒が出る確率は50%です。1回目も、10回目も、26回目もずっと変わらず黒が出る確率は50%です。
ルーレットに限らず、人は偶然が支配する出来事に何らかのパターンを見出そうとします。また、ランダムな結果まで自力でコントロールできると錯覚しがちです。社会学者のジェームズ・ヘンスリンはクラップス(さいころを使ったギャンブル)におけるプレイヤーのふるまいについて研究しました。人はクラップスで大きな数を出したいときはさいころを強く振り、小さい数を出したいときはそっと振る傾向がありました。いうまでもなく、さいころを振る強さと出目の大きさには何の関係もありません。
心理学者のエレン・ランガーは、被験者に偶然が左右するゲームをしてもらいました。くじを引くゲームでは、くじ引きのパターンを2つ設定しました。ある被験者が自分で数を選びます。他の被験者は主催者側で数を決めます。当選番号が発表される前に、主催者は被験者からくじを買い戻そうとします。その際、自分で数を選んだ被験者は、主催者から数を決められた被験者よりも、くじの売値を高くつける傾向がありました。当選番号がランダムで決められるのであれば、自分が番号を選ぼうが他人が選ぼうか、当選確率は変わらないはずです。しかし、自分が番号を選んだくじは、一方的に割り当てられたくじよりも当たりそうだと感じてしまうのです。このような心理を「コントロールの錯覚」といいます。
そのゲームの勝敗に関して技術が関わっていると思わせるところがあると、人はコントロールの錯覚に陥りやすくなります。ルーレットで賭ける目をランダムに決めてくれる機械があるとします。たいていの人はそのような機械は使わず、自分で賭ける目を決めるでしょう。当たる確率はどちらも同じなのですが。
株式市場、為替レート、仮想通貨の相場は、政治・経済・社会情勢・人間心理など膨大な要素が絡み合って形成されるため、簡単にコントロールできるものではありません。それなのに、「自分は結果を予想できる」という錯覚に陥る人は後を絶ちません。年末の経済誌では翌年の予想記事が出ます。2018年12月に発売されたある経済誌では、専門家が日経平均株価の予想をしていました。専門家の3分の2が、最も安値でも2万円以上と予想していましたが、2019年初日の取引での日経平均は1万9千円台。いきなり予想が外れてしまったのです。このように、プロでも正しく予想できないものが、一般人にコントロールできるはずはないでしょう。
コントロールの錯覚は、社会的地位が高い人や権力を持っている人に強く働く傾向にあります。スタンフォード大学でおこなわた実験で、被験者は3つのグループに分けられました。第1グループは、自分がリーダーを務めた経験に関するエッセイを書きました。第2グループは、自分が人に従った経験を、第3グループはスーパーマーケットに行くことについて書きました。エッセイを書いた後、被験者たちはさいころを振って出る目を予想して、当たれば賞金がもらえるというゲームをしました。ゲームでは、さいころを自分で振るか、他人に振ってもらうか選ぶことができます。
リーダーの経験を書いたグループは、全員が自分で振るほうを選びました。人に従った経験を書いたグループは58%、スーパーについて書いたグループは69%が自分で振るほうを選びました。当然、誰がさいころを振ろうと出る目に影響はありません。リーダーの経験を書いたグループは、自信や自尊心が高まり、それによってコントロールの錯覚が強まったと考えられます。
世の中は複雑すぎてひとりの人間がコントロールできないことのほうが多いのです。自分の人生を完璧にコントロールするのは、空に浮かんだ雲の形を変えるようなもので、所詮不可能なことです。あなたが念じたように雲の形が変わったとしても、それはあなたの念力によるものではありません。これを悲観的にとらえれば「人生自分が頑張ったところでよくなるわけじゃない」という考えになるでしょう。そうではなくて「人生なるようになる。なんとかなるもんだ」と、楽観的にとらえれば、少しプレッシャーから解放されて人生が豊かになるかもしれません。