数字<ストーリーの法則

人間はストーリーを扱うのは得意ですが、数字を扱うのは苦手です。何かの事件で多くの人が命を落としたというニュースは、少しの間は読者の興味をそそるかもしれませんが、長続きしません。100人が亡くなった事故と比べて1000人亡くなった事故が10倍関心を集めるとは限りません。ただの数字だと、人々はリアリティをもって考えることができないのです。

人は出来事にまつわる数字ではなく、出来事に関わる人たちのストーリーに注目します。一度に10名以上が犠牲になる大規模な事故が起こったとしても、それだけでは視聴者は引き付けられません。そこで報道する側は、犠牲者の中に視聴者の注目を集めるストーリーを持っている人がいないか調べます。そして犠牲者のひとりにスポットを当てて「こんな幸せな家庭を築いていた善人が事故の犠牲となった」というストーリーのショートフィルムを作ります。こうなると、視聴者はそのニュースに見入ります。

ある病気に対する支援金を募るとき、「その病気で苦しんでいる人の数」とか「その病気で亡くなる人の数」といった数字だけ提示してもなかなか援助は集まらないでしょう。それよりも、その病気で苦しんでいる患者のひとりにスポットを当てて、病気と闘いながら頑張って生きている様子を伝えた方が、より多くの支援金を得られるでしょう。

イギリスの人類学者、ロビン・ダンバーによると、現代人の日常会話には知識を伝えるためのものはほとんどないそうです。日常会話の大部分は、個人的な世間話、特に人に関する話です。確かに家族や友人・知人との会話の内容を思い返してみれば、自分の話、身近な人の話、有名人の話など、人に関する話ばかりしていることが多いのではないでしょうか。ニュースで関係者の人生に踏み込んだ密着取材をつい見てしまうのも、「人は人に関する話が好き」ということを考えれば当然といえるでしょう。

社会問題に取り組む際は、その問題にまつわる数字の分析が欠かせません。しかし、私たちはつい数字をないがしろにして個人のストーリーばかりに注目してしまいがちです。とある社会問題があって、その問題に取り組んでいるひとりの人物に関するストーリーが社会に広く拡散したとしましょう。その人物は、誰もが応援したくなるような性格の持ち主で、真剣に問題に取り組んでいます。ストーリーを見た人々は、その人物を後押しするようになり、その問題を早期解決すべきだという声も大きくなるでしょう。

しかし、その人物の人間性と問題は分けて考える必要があります。その問題で現在どのような弊害があるのか、解決するのにどれくらいのコストがかかるのか、解決すると現状がどう変わるのか・・・といったことを、客観的な数字を使って分析したうえで、問題への取り組み方を決めるべきです。ところが、私たちは数字を扱うのが苦手なので、「こんなに頑張ってる人がいるんだから」「こんなに苦しんでいる人がいるんだから」ということで統計的な分析・検討もそこそこに方針を決めてしまうことがよくあります。

人間は数字の扱いが得意でないことを示す実験があります。ポール・スロヴィックは空港の安全設備を買うことについて賛成かどうか学生に尋ねる実験をおこないました。その結果、「安全設備によって150人の命の98%が助かる」と言われた場合の方が、「安全設備によって150人の命が助かる」と言われた場合よりずっと高い賛同を得られました。助かる命の数は、明らかに後者の方が多いのにも関わらず、学生は前者(150人のうち98%)を選んだのです。「150人のうち85%が助かる」という場合ですら、「150人が助かる」より高い賛同を得ました。150人とか1000人とか10000人とか言われても、それはただの数字で命を感じられないのでしょう。一方で、「98%」と言われると「ほとんどすべての人が助かる」という感じがします。そのため、98%の方がより好ましく思われたのでしょう。

今回は、人が数字よりもストーリーを好むという話でした。これは元来人間に備わった性質なので、変えることは難しいでしょう。私たちにできるのは、そういう性質を理解しつつ、それが悪用されていないか注意することだと思います。

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