前回のブログ「なぜ予防に力を入れないのか」では、問題が起こってから対処するより問題が起こらないように予防する方が効率がいいという話をしました。そうはいっても、様々な理由から予防を怠りがちという話もしました。今回はその続きです。
アメリカの公的医療保険メディケアでは、予防できたはずの病気の診察や治療に莫大なコストをかけています。例えば、糖尿病や高血圧などの病気は、生活習慣を改善することで防ぐことができる場合があります。そこで、メディケアはコスト削減のために予防に力を入れるようになりました。
病気を予防するために重要なのは、どこに働きかけるかです。メディケアは、患者のかかりつけ医に目を付けました。かかりつけ医は、患者の身近にあってなんでも相談に乗ってくれる存在です。必要であれば、専門の病院も紹介してくれます。かかりつけ医が患者の病気予防に力を入れると、専門の病院で高額な治療を受けることが減り、メディケアの負担も削減されるという仕組みです。しかし、この作戦には問題がありました。かかりつけ医が患者の病気予防に力を入れても、かかりつけ医には一銭も入らないということです。
そこでメディケアは、かかりつけ医が病気予防で成果を上げると報酬が入る仕組みを作りました。あるかかりつけ医の患者が専門医療を受診したときに、メディケアが負担する金額の年間総額が1億円だとしましょう。そのかかりつけ医が、病気予防に力を入れて、メディケアの年間負担総額が8000万円に削減されたとします。このとき、メディケアの削減分2000万円のうち一部を、かかりつけ医が報酬として受け取れるようにしたのです(実際にはかかりつけ医が複数集まって作られる組合全体での医療費で計算されます)。
新しい報酬体系になってから、あるかかりつけ医は診療方針が大きく変わりました。以前は、診療報酬を増やすために患者ひとりあたりにかける時間を減らして、なるべく多くの患者を診るようにしていました。しかし現在では、一人ひとりに多くの時間をかけるようになりました。メディケアの作戦は功を奏しました。患者の健康は改善し、専門医の受信回数は減りました。メディケアはコストが減り、コスト削減分の一部はかかりつけ医に還元されました。このように、適切な報酬体系を設定することで予防がうまくいく場合があるのです。
警察の交通取り締まりは、次のような批判を受けることがあります。「違反がよく起こる場所の先で待ち伏せして交通違反が起こってから切符を切るのではなく、その場所の前で待機して交通違反をしないようにすればいいのに」。確かにその通りなのですが、現行の体制では改善することは難しいでしょう。
交通警察においては、違反を検挙するほど評価されます。検挙件数を上げられない警察官は、営業成績が上がらない営業員のようなものです。そのような状況では、「ここの進入禁止標識はわかりにくいから、間違って入ってこないように進入する前に警告しよう」という気持ちにはならないでしょう。それは警察官個人の資質の問題ではなく、仕組みがそうさせているのです。
組織として予防に力を入れるのであれば、個人の心がけに期待するのではなく、予防活動をしたくなるような仕組みづくりが大切なのです。