ある企業が宣伝メールの効果を測定しようとしていました。最初はメールによる売上効果を調べていたのですが、メールを送ってから売上が上がるまでには数日から数週間のスパンがありました。売上が上がっても、メールを送ったから売れたのか、送らなくても売れていたのか分析するのが難しい状況でした。
そこで、直接売上効果を調べるのではなく、開封率を調べることにしました。メールの開封率であれば簡単に確認できて、「こうした結果、開封率がこう変わった」ということがすぐに分析できます。開封率を追跡するようになってから、メール担当者はいろいろと工夫を凝らして開封率を順調に上げていきました。ところが、しばらくすると開封率は高い水準を保っているにもかかわらず、メール1通あたりの売上が大幅に落ちてしまいました。
メールの担当者は開封率を上げるために、顧客に過度な期待を持たせるような件名のメールを送っていました。その結果、開封率は上がりました。しかし、メール本文や実際の商品には変化はなかったため、売上につながらなかったのです。
組織が長期的目標や大きな目標に向かっていくとき、短期的な指標を設定することは必要です。例えば、ある企業が3年後に株式上場という目標を掲げているとして、それだけでは目標が大きすぎて多くの社員は「その目標のために、私は今何をすればいいのか」がわからなくなってしまうでしょう。そのため、組織ごとに「3か月後に売上XX億円」「半年後に社内規定を完備」といった短期指標を設定します。適切な短期指標を見つけることができれば、長期目標達成の大きな助けになります。一方で、不適切な短期指標を選んでしまうと、長期目標を後押しできないどころか足を引っ張る場合もあります。
約20年前、イギリス保健省では緊急治療室の待ち時間が長いという問題を改善するため、待ち時間が4時間を超える病院に罰則を科することにしました。その結果、待ち時間は短縮したのですが、手放しで喜べるものではありませんでした。急患が乗っている救急車を病院の外で待たせて、4時間以内に処置できる目途が立ってから病院内に入れるという事態が横行していたのです。こんなことをしても一切患者のためにはなりません。
私も不適切な短期指標による弊害を体験しました。以前勤務していた会社で、短期指標として新規契約数が選ばれました。その会社では、売上は契約者数×単価で決まります。契約者数を増やそうということ自体は、理にかなっています。新規契約数を順調に伸ばしている営業担当者は社内メールで大々的に褒められ、数字が振るわない担当者は上司からガンガン詰められます。最終的に重点期間中の新規契約者数は前年比を大きく上回ったのですが、売上はそこまでアップしませんでした。単価を下げてでも新規契約を取ろうとした担当者が多かったためです。また、契約を取るために商談で過剰に期待を持たせてしまったため、実際のサービスとのギャップが大きいと感じた顧客も多かったようです。その時期に契約した顧客は、解約率が平均よりも高くなってしまいました。
同じ会社で、また別の時期の話。今度は短期指標として月間売上が選ばれました。その会社では8月が最も売上が上がる月で、上司からのプレッシャーは他の月と比較して数十倍くらいになります。担当者は8月になると、売上アップのために奔走します。正攻法だけでは難しいとなると、様々な裏技を駆使し始めます。
まず、あらゆるテクニックを使って本来9月の売上になるものを8月の売上として計上します。売上が9月から8月に横移動するだけならまだいいのですが、この過程で顧客に無理をお願いして顧客との関係性にマイナスの影響が出てしまうこともありました。
また、上司のプレッシャーから逃れるため「売上になりそう」くらいの段階の案件を確定した売上としてフライング計上するというケースも多々ありました。数日後、本当に売上になればいいのですが、目論見が外れることもあります。この時期は「確定していた売上が顧客都合でキャンセルになった」という報告が突出して多くなります。
この時期、一部の担当者はマネージャーに報告している確定売上のうち、どれが「マジ確定」でどれが「フライング確定」なのか整理するという本来不要な仕事が増えます。また、マネージャーも本当の確定売上が把握できず、適切な戦略を立てられなくなります。現場が短期指標に振り回された結果、会社の利益を損なっていました。毎年8月は同じことを繰り返しているのですが、私が在籍していた間に改善されることはありませんでした。
短期指標の選び方によって、本来の目標に近付いたり遠ざかったりします。適切な短期目標を設定する能力は、マネージャーにとって必須だといってもいいのではないでしょうか。