いい習慣を定着させたり、悪い習慣を断ち切ったりというように、自分の行動を変えたいときは、「頑張る」とか「気合を入れる」など自分に負荷をかけるよりも、環境を変える方がうまくいきやすくなります。
寝る前にスマホを見てしまう習慣をやめたい場合、「見ないぞ」と心がけるだけでは失敗するリスクが高まります。「仕事関係の連絡が来てないか最後に確認・・・」などと自分への言い訳をしながらスマホを開いたが最後、気付けば目的もなく動画サーフィンをして1時間経過・・・。みなさんもこんな経験があるのではないでしょうか。
それよりも、物理的にスマホを自分から遠ざける方がうまくいきます。複数部屋がある場合は、寝室と別の部屋で充電をします。1つしか部屋がない場合は、なるべく布団から遠い場所で充電をします。そうすれば、一度横になってからスマホを見るにはわざわざ起き上がって移動しなければなりません。それは面倒なので、自然に「寝る前にスマホを見る」という習慣は消えていくでしょう。
あなたの部屋のドア横に金庫が置いてあるとします。金庫があるので注意しようとは思っているのですが、ときどき不注意で金庫を蹴ってしまい、痛い思いをしています。このときあなたの取るべき行動は何でしょうか。「部屋の出入りの際は常に注意する」ではないですよね。金庫をより安全な場所に移動することです。
このように、よくない行動を物理的に不可能にするシステムの例は多数あります。「飲酒運転はやめよう」と訴えるのは大事ですが、それによって運転手の行動を拘束することはできません。アルコールを検知するとエンジンがかからない車は、運転手の倫理観に依存することなく飲酒運転ができないようにしています。子どもが薬を誤飲するのを防ぐために、子どもには開けにくい包装やなめると苦い味がするシールなどが開発されています。
アメリカのクラウドサービス企業、ラックスペースを知っているでしょうか。アメリカのクラウド業界では、amazonやMicrosoftに次ぐ知名度を誇る企業です。ラックスペースは顧客サービスが売りのひとつなのですが、20年ほど前はそうではありませんでした。
当時のラックスペースは、顧客がサポートに電話すると自動音声が対応していました。自動応答自体は珍しいものではありませんが、その内容があまりに不親切だったのです。流れる音声の内容はこのようなものでした。「ご用件がある方はメッセージを残してください。頻繁にはチェックしませんので、メールを送っていただく方がいいと思います」。ラックスペースはあえてこのような体制をとっていました。なるべく顧客と対応しなくて済むようにして、コストを抑えようとしていたのです。
ある顧客が、何度電話やメールで問い合わせても無視され続けてついに爆発しました。彼は創業者のグレアム・ウェストンを探し出して直接クレームを伝えました。その顧客が困っていたことは、ラックスペースのスタッフが対応すれば簡単に解決できるものでした。それなのに、顧客から逃げ回って満足なサービスを提供できないことをウェストンは恥じました。そして、それまでの方針を転換して顧客サポートを充実させることを決意しました。
方針転換後、「ラックスペースは熱狂的なサポートを提供する」という標語を掲げて壁に貼りだしました。ここまでは、人の能力や心掛けに依存する対策です。ラックスペースはそれだけではなく、顧客サポートの環境を劇的に変えました。自動応答システムを廃止したのです。自動応答システムがないということは、誰かが出るまで電話が鳴り続けます。顧客から逃げることを物理的に不可能にしたというわけです。さらに、顧客サービスに熱中している社員を表彰するようにしました。
こうした変革もあって、ラックスペースは成長を続け、2008年には業界内で最高の収益を上げるまでになりました。変革前と後で、社員が総取っ換えされたわけではありません。変革前は顧客から逃げ回っていた社員が、変革後は熱心にサポートするようになりました。社員の性格が変わったわけではありません。社員がシステムの変更に合わせた結果、顧客サポートに力を入れるようになったのです。
このように、環境を変えることで行動やその結果が大きく変わってくることがあるのです。