約20年前、アメリカの救急病院、セント・ジョンズ病院の手術室は常にフル回転でした。手術室は常時予約で埋まっていて、予定外の急患が出ると先に予約されていた緊急でない手術を動かしてやりくりしていました。こうした予定外の事態の対応などにより、病院スタッフは長時間勤務を余儀なくされていました。
セント・ジョンズ病院は事態を改善するために、外部からアドバイザーを招きました。アドバイザーが示した解決策は意外なものでした。「手術室をひとつ使わずに空けておく」というものだったのです。一部のスタッフは「そもそも現状でも予約がいっぱいなのに、手術室を空けておくなんてあり得ない」と思いました。
結果として、この作戦はうまくいきました。ひとつの手術室には原則予約を入れず、急患専用としたことで病院が受け入れられる手術の総数は増加しました。この変更後2年間、病院の手術件数は毎年約10%増加しました。
変更前の病院では、毎日すべての手術室が予約でいっぱいでした。そこに急患が入ってきた場合、その時間に予定されいた手術のうちどれかを延期する必要があります。しかし、翌日もその翌日も手術室は予約が埋まっています。かなり先まで延期すれば予約が取れますが、患者の体調や病院の都合などによりそこまで延ばせないことも多いでしょう。そういう場合は、近い日で多少延期しても問題なさそうな予約を見つけて譲ってもらいます。譲った方の予約も改めて取り直さなければなりません。このような予定の組み換えが頻繁に起きていました。
このような調整にかかるコストは軽視できません。本来治療の質を高めるために使われるべき時間が、それ自体は価値を生まない作業に費やされてしまいます。また、延期することによって諸条件が変わって手術がうまくいかないリスクが増える場合もあるでしょう。
手術室をひとつ空けておくようにすれば、急患によるスケジュールの組み直しがほぼなくなります。そうすれば、前述したような無駄なコストは発生しません。予約できる手術室がひとつ減る分、1日に入れられる手術件数は少し減ってしまうでしょう。しかし、それよりも急患によって予約の組み換えが発生しないことのメリットの方が大きかったというわけです。
急患はいつ、どんな状態で運ばれてくるか予想できません。しかし、救急病院であれば毎日何名か急患が来るということはわかります。空けておいた手術室は、時間や患者名は特定されていないものの、ほぼ確実に来るであろう急患のために予約されている、と考えることもできます。
病院ほど事情は複雑ではありませんが、私も同様の事象を体験したことがあります。以前勤務していた会社では、会議室不足が常態化していました。だいたい1週間先まですべての会議室が予約で埋まっていました。来客との打ち合わせ、機密事項を扱う会議など、急遽会議室を使う必要が生じたときは、その日の会議室の予定を見て頼めそうなところに部屋を譲ってもらうよう依頼していました。依頼された方は、社内で会議室以外のスペースを使ったり、場所をカフェに変えたり、予定を延期したりします。
会議室問題を解決するために、総務部ではひとつの会議室を来客専用にしました。しかし、この方法は先の病院の例とは違いうまくいきませんでした。来客案件でなくても「他に空きがないから」「緊急の打ち合わせだから」といった理由で来客専用会議室が使われるようになり、最終的に変更前と同じ状態になってしまいました。解決策自体は間違いではなかったと思います。ただ、「例外は認めない」とするなど強制力を使わなかったため、なし崩し的にルールが守られなくなったことが失敗の原因でしょう。
隙間なくスケジュールを埋めると、効率的に時間を使っているように見えます。しかし、何か予定外の出来事があるとその対応のためにスケジュール全体が崩れてしまいます。具体的に何かはわかりませんが、想定外の出来事は必ず起こるものと思って、それに対応するための余裕をもったスケジュールを組んでみましょう。結局その方が最終的には効率的に時間を使えるはずです。