人は能力の限界まで出世する

「ピーターの法則」という用語を聞いたことはあるでしょうか。「ピーターの法則」は、アメリカの教育学者、ローレンス・J・ピーターが提唱した理論です。その概要は以下の通りです。

  1. 組織の中で、人は能力の限界まで昇進する
  2. 無能な平社員はその地位に落ち着く。有能な平社員は無能な中間管理職の地位に落ち着く。その結果として、組織は無能な人間で埋め尽くされる
  3. その組織の仕事は、昇進の余地のある人間によって遂行される

具体的に説明しましょう。ある企業の営業部で、優秀な成績を収めている平社員がいます。多くの企業では、優秀な平社員は課長などの中間管理職に昇進します。ところが、課長の仕事は平社員とは性質が異なります。平社員の場合は、自分が頑張って成果を上げさえすれば評価されますが、中間管理職になれば自分の管轄部署全体の成績が評価の対象となります。また、部下が起こしたミスやトラブルの対応をし、場合によってはその責任を取らなければなりません。部下が退職したら、減点対象になります。このような仕事内容の変化に対応できずに、管理職になったとたんに力を発揮できなくなることはよくあります。その部署で最も優秀だった平社員が管理職に出世した結果無能になってしまったとき、2番目、3番目に優秀だった平社員がその組織を支えることになるでしょう。彼らは「プレイヤーだったときは頼りになったのに、上司になったら全然頼りないな」と思うかもしれません。しかし昇進したのが彼らだったら、彼らもまた無能な上司になっていたことでしょう。

私もかつて、ピーターの法則の実例を目の当たりにしたことがあります。都内を中心に100以上の店舗を展開している会社での話です。中途入社してきたYさんは、店舗責任者として卓越した成果を出し続けました。それが認められて、入社後半年もしないうちに複数店舗を統括するマネージャーに昇格しました。Yさんはマネージャーとしても優秀でした。精力的に担当エリアを巡回し、部下と密にコミュニケーションを取りました。その結果、担当エリアの成績も大きく伸ばしました。

マネージャーとしても成果を出したYさんは、新規事業の事業部長を任されることになりました。会社もこの新規事業には大きな期待を寄せていました。Yさんにはかなりの権限が与えられました。ところが、新規事業は当初の目論見通りにはいきませんでした。事業開始から半年での通算売上は、目標の2割程度という惨状です。目標達成は当たり前、目標の120%達成も日常茶飯事だったマネージャー時代とは比べるべくもありません。最初は大いなる期待。スタートでこけたときも、経営陣は「Yさんのことだから何とか挽回するだろう」と楽観視していました。半年経っても低空飛行が続いてようやく経営陣も本格的な立て直しに着手します。広告の予算を増やしたり、かつて在籍していた事業部から人的リソースを引っ張ったりと動きますが、状況は一向に改善しません。最終的に会社は新規事業を見限り、新規事業部をYさんがもとにいた事業部の下部組織として再編しました。ほどなくしてYさんは会社を去ることになります。Yさんの場合、マネージャーのままであればスーパーマネージャーとして輝き続けることができたでしょう。しかし新規事業を引き受けたばかりに、その輝きを失ってしまいました。

このような問題を回避するために、様々な対策が考えられます。

1.昇進の代わりに昇給させる
2.昇進の前に十分な訓練を受けさせる
3.昇進後の業務への適性がないことが分かった場合、降格させる

「昇進の代わりに昇給」というのは、幅広い職種において有効でしょう。突き抜けた成果を出すようなスーパー営業マンの手法を他の人がまねをしても、同じような成果が得られるとは限りません。その人の個性とセットだからうまくいくという場合もありますし、その手法が明らかにされたとしても、そもそも他人には容易にまねできないということもあります。スーパー営業マンが管理職になると、優秀過ぎて部下の能力を伸ばしきれないうえに、管理職の仕事にリソースを取られて本人の成績も落ちてしまうということになりがちです。また、制作・企画・デザインなどのクリエイティブな職種やエンジニアなどの技術職では、「管理職にはならずにプレイヤーとして専念したい」という人が一定の割合でいると思います。こういった人たちに関しては、能力が向上しても昇進はさせずに能力に見合うように昇給させることが、本人にとっても組織にとってもプラスになるでしょう。

3つ目の「降格させる」に関して考えてみます。会社が「昇進させるのにふさわしい」と判断して、事前に昇進者向けの研修を行ったとしても、やってみないとわからないことの方が多いでしょう。結果として、昇進後に力を発揮できなくなってしまう人はでてきます。無能になってしまったマネージャーを引き続きマネージャーを任せるのは、本人にとっても組織にとっても不幸なことでしょう。そういったマネージャーを降格させるのは有効な解決策です。

とはいえ、「降格」という策は実際にはやりづらいものです。多くの場合、降格した人はかなりの精神的ダメージを受けるでしょう。まわりの人たちも、降格した人にどう接したらいいか苦慮すると思います。したがって、実際には無能なマネージャーは、マネージャーとして組織に居座り続けることになるし、それだけの度胸がないマネージャーは自主的に会社を去ることになるのです。

この策をうまく実行するためには、組織のトップによるサポートが不可欠です。「降格は決してネガティブな事象ではない。降格はその人自身に失格の烙印を押すものではない。その業務には合わなかったというだけだ。その人によりふさわしい職務を割り当てて、これまで以上に活躍してもらう目的で行うものである」。トップがこのようなメッセージを全体に打ち出し、浸透させることができれば、降格が有効に機能するでしょう。

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