今の世の中、Netflix・Amazon Prime Video・U-NEXT・Huluなど、多くの動画配信サービスが提供されています。そういったサービスに加入しておきながらほとんど利用していないという人もいると思います。そうした人には、「目の前にある選択肢を残しておきたい」という心理が働いている可能性があります。「今は観る時間がないけど、時間ができたときに観れれないと困るので」「今は特に観たいものがないけど、今後面白そうなコンテンツが出てきたときのために」・・・そんなことを思いながらダラダラと月額料金を払っている人も多いのではないでしょうか。
3か月で2回しか行っていないジムを辞めずに継続している人も同様の気持ちだと思います。「いつか運動できる時間ができて、モチベーションが高まったときに行けるように」と思い続けてもう数年。そういった会員に支えられてジムの経営が成り立っているのかもしれません。
我々は自分のことだけではなく自分の子どもにも選択肢を残したいと考えます。一部の親は「何に興味を持ってもいいように」と思って子どもにあらゆる習い事をやらせます。2020年に実施された調査によると、10~12歳の子どもの8割が習い事をしていて、そのうち65%が複数の習い事を掛け持ちしているそうです(お出かけ情報サイト「いこーよ」で実施されたアンケートを参照)。子どもに水泳とピアノと英語を習わせているとしましょう。ここで子どもがしんどそうだからとか、経済的に苦しいからといってピアノを辞めさせてしまうと、今後どこかの時点で子どもがピアノの才能を爆発させる可能性を閉ざしてしまいます。それが耐えられない親は、習い事を整理する決断ができずに3つとも継続することになります。
選択の自由に関する人間の心理を研究するために、行動経済学者のダン・アリエリーはコンピューターゲームを使った実験を行いました。アリエリーは、マサチューセッツ工科大学の学生たちに簡単なコンピューターゲームをやってもらいました。ゲームのルールは以下の通りです。
・画面に赤・青・緑の3つの扉が現れる
・どの扉をクリックしても中の部屋に入れる
・ひとつの部屋に入ったらクリックするごとに賞金が手に入る
・部屋ごとに賞金の範囲が決められている
ある部屋の賞金の範囲が1セントから10セントだとすると、
クリックするごとにその範囲内で賞金が手に入る
(例:1回目のクリックでは3セント、2回目では7セント、3回目は6セント・・・)
・クリックの回数が100回に達するとゲームは終了する
・扉を開けるためのクリックもクリック回数としてカウントされる
・画面には現在の獲得賞金が表示される
・部屋の中にいるとき、他の扉をクリックすると他の部屋に移動できる
このゲームでできるだけ多額の賞金を稼ぐ方法は、1クリックあたりの賞金の期待値が最も高い部屋を特定して、特定できたらその部屋で100回に達するまでクリックし続けることです。このゲームに挑戦した学生たちも同様の方法をとりました。あるプレイヤーが、最初の部屋に入って何度かクリックしたら賞金は3セント、4セント、1セントでした。次の部屋に移動してクリックしたら賞金は3セント、5セント、6セント。1番目の部屋よりも2番目の部屋の方が期待値が高そうだとわかります。最後の部屋に移動して3回クリックしましたが、どれも賞金は4セント以下。おそらく2番目の部屋が一番期待値が高そうということで、プレイヤーは2番目の部屋に戻って100回分が終わるまでクリックし続けました。
ここでアリエリーはゲームにもうひとつ条件を付け加えました。部屋に入ってクリックしていると、他の2つの扉が12分の1ずつ縮んでいくのです。部屋で12回連続クリックすると、他の扉は消滅してしまいます。部屋でのクリックを中断して他の扉を開くとその扉の大きさは元に戻ります。このルールは、プレイヤーにも知らされていました。
この新しいルールを加えることで、プレイヤーの行動に変化が現れました。新ルールでゲームをやった最初のプレイヤーは、まず青の扉を開けて部屋で3回クリックしました。3回分の賞金が増えて、他の扉は少しずつ縮んでいきます。他の扉が閉じないようにしたいと考えたプレイヤーは、赤の扉をクリックして元の大きさに戻します。その後赤の部屋で3回クリックをしました。ここまででクリックの合計回数は8回(扉を開けるためのクリックもカウントされています)。この間に緑の扉はかなり縮んでしまい、あと4回で消えてしまいます。ここでプレイヤーは緑の扉をクリックして元に戻し、その部屋で3回クリックして賞金を稼ぎます。
3つの部屋で3回ずつクリックした結果、緑の部屋が最も期待値が高そうだとわかりました。ただし、部屋ごとに決まっているのは賞金額の範囲ですから、3回クリックしただけでは確実なことはいえません。緑の部屋はたまたま最初の3回の金額が高かっただけかもしれません。プレイヤーは緑の部屋にとどまってクリックを続ける決断ができませんでした。彼はある部屋で数回クリックした後、縮んでいく他の扉をクリックして元に戻すという作業を最後まで繰り返しました。
このように、何度も部屋を変えるのは効率が悪い作戦です。扉の開けて部屋を変えることによって、賞金が増えることなく1回分のクリック数を消費してしまいます。部屋を変えるのは最小限にとどめるべきです。実際、扉が消えるルールでゲームをやったプレイヤーは、そのルールがないプレイヤーと比べて獲得賞金が約15%少なくなってしまいました。
さらにルールを変えてみても結果は同じでした。扉を開くためにクリックすると、クリック数を1回分消費するだけではく、獲得賞金が3セント減るようにしてみても、プレイヤーは何度も消えかけている扉をクリックして選択肢を残そうとしました。さらに、各部屋で獲得できる賞金の範囲をプレイヤーに伝えてみました。こうなったら、一番期待値が高い部屋を選んで最後までその部屋でクリックし続けるのかと思いきや、それでもプレイヤーは他の扉をクリックして扉が消えないようにしたのです。マサチューセッツ工科大学は、全米でもとりわけ頭脳明晰な学生が集まっているはずなのですが、それでも目の前の扉が消えてしまうのは耐えられずに不合理な行動をとってしまうようです。
私たちも、選択肢を残すためだけに不当なコストを払い続けていないか注意した方がいいかもしれません。サブスクや習い事だけでなく、仕事や人間関係のような人生において重要度が高い事柄においても、選択肢を残したいという気持ちが影響を及ぼします。現時点でほとんどメリットを享受していないのに、可能性の扉を残すためだけに時間やお金などのコストを払い続けていることはないでしょうか。もしあれば、すぐそれを切り捨てろとは言いません。しかし、払っているコスト、その可能性が実現する確率、実現したときのメリットなどを総合的に判断して切り捨てるかどうか検討してみてもいいのではないでしょうか。
「可能性の扉を開けたままにしておくコストはバカにならない」への1件のフィードバック