電車で7人掛けのシートがあって、1○3○5○7とひとつおきに座席が埋まっていたとしたら、どの席に座りますか(○は空席を表します)。あるいは座らないでしょうか。どの席に座っても両隣に他の人が座っていることになるという状況だと、座らずに立っていることにする人も多いでしょう。私もよほど疲れていない限りは立っています。
私がどこにも座らず立っている主な理由は「隣に他の人が座った状態を避けたい」からではありません。以下の状況になることを恐れているからです。例えば、2の席に座ったとしましょう。そして途中駅で1の人が降りたとします。そうすると、端の席が空いて、私は3の人と隣り合わせて座ることになります。ここで私は1の席に移るべきかどうかという葛藤に陥るのです。
1の席に移るのは3の人に「やむを得ずあなたの隣に座ったけど本当はあなたの隣なんて嫌なんです。1に移動して、あなたのそばから離れられてせいせいしました」という意思表示をしているようで気が引けてしまいます。実際、3の人はそんなこと気にしていないかもしれないし、むしろ私に早く1の席に移ってほしいと思っているのかもしれません。しかしどうしても上記の懸念が払拭できません。
そういった不毛の懸念で苦しむことがないように、だいたいの場合は立っています。そうこうしているうちに、1の人が降りたとします。その時点での座席は○○3○5○7となります。こうなったら1の席に座るという人が多いのではないでしょうか。しかし、私はここでも座ることを躊躇してしまいます。「ああ、あの人は誰かが隣に座るのが嫌で立っていたんだな」と思われるかもしれないと考えてしまうのです。誰も他人のことをそこまで気にしていないだろうし、仮にそう思われたとしてもどうってことないというのはわかっているのです。しかし、心のどこかで「見ず知らずの他人にそこまで見透かされてたまるか!」という謎の意地が働いてしまいます。電車に乗り込んだときに○○3○5○7という状態であれば迷わず1の席に座れるんですけどね。
○○3○5○7となったときに、3の人が1の席に移る場合もときどき見かけますよね。3の人はすでに「両隣が空席」というステータスを得ているのに、さらに端席という上位のステータスを求めています。電車の中でも妥協をしない素晴らしい向上精神だと思います。
ひとりで飲食店に入るときも同じように気にしすぎてしまいます。ひとりで外食するときはだいたい吉野家、松屋といったカウンターがあるチェーン店を利用しています。そのときに「どの席に座っても誰かが隣にいる」という状況であれば入店を避けたい。しかし、入店後にそういう状況であることが判明してからUターンするのはなかなかできることではありません。
したがって、入店前にカウンターの様子を伺って「両隣に誰もいない席がある」ということを確認してから入店します。このとき、外から店内をジロジロ見てから入店しなければ「ああ、両隣が空いている席がないからやめたんだな」と思われてしまいます。誰も他人のことをそこまで気にしていないだろうし、仮にそう思われたとしてもどうってことないというのはわかっているのです。しかし、「通りすがりの人にそこまで見透かされてたまるか!」という謎の意地がまたしても発動してしまうのです。