個人目標と全体の利益の関係

前回のブログでは、多くの企業が個人の目標の設定、追跡、評価に莫大なコストをかけているという話をしました。コストをかけるということは、それに見合うリターンがあるはずです。想定されるリターンとして、以下のようなものが考えられます。

・個人目標を設定することによって、社員のモチベーションが上がる。
・目標に対して遅れている社員をサポートすることによって、全体の足並みをそろえることができる。
・目標の達成度に応じて評価をすることによって、平等な評価ができる。

しかし、実際には目標設定は会社の利益になるどころか、足枷になってしまう恐れがあるのです。例えば、優秀な社員は目標対象期間終了の1か月前にやすやすと目標をクリアするかもしれません。そうなったら残りの1か月で何をするでしょうか。会社のためにさらに数値を上積みはしないでしょう。確約となっている案件の契約締結を先延ばしにして、次の評価期間に計上できるように調整するのです。

また、業績が振るわない社員はどうでしょう。「このペースでは目標には届かない」という状態になったときに、その社員は目標達成のために奮起をするでしょうか。多くの場合、そうはならないですね。目標がプレッシャーになり、悪い影響を及ぼすでしょう。例えば、営業担当であれば契約を焦るあまり強引な進め方をして、失敗してしまうかもしれません。場合によっては目標達成のために不正な手段を取ってしまうこともあるでしょう。また、しばしば成績不振な社員は上司に軌道修正計画を迫られます。そのために計画書を作り、上司に提出して説明をします。何点かの修正を経て「これでいこう」となったときには数日経過しています。この時間を使って本業に打ち込んだ方が個人のためにも会社のためにもいいんじゃないかということは誰も指摘しません。

それでは、企業にとって個人の目標設定は意味がないことなのでしょうか。私は、それ自体は意味がないことだとは思いません。目標設定の方法さえ間違わなければ、個人にとっても、企業にとっても有益になると思います。マーカス・バッキンガムとアシュリー・グッドールは著書「仕事に関する9つの嘘」で、「よい目標を判断する唯一の基準は、その目標を目指す人が自発的に設定したものかどうかということだ」と述べています。この考えには私も賛同します。学校や親から「やりなさい」と指示された課題は気が進まないかもしれませんが、自分が興味を持って自発的に設定した課題は時を忘れて夢中で取り組むものです。仕事も同じです。自分の興味や使命感に基づいて自発的に設定した目標は、それに向かって進むこと自体が楽しいものです。

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