『ブルシットジョブ』という書籍をご存じでしょうか。経済人類学、社会人類学などを研究しているアメリカの学者、デヴィッド・グレーバーの著書です。タイトルにもなっている「ブルシットジョブ」とは、「本人でさえ正当化できないくらい完全に無意味・不必要で有害でもある有償の雇用の形態であるが、本人はそうではないと取り繕わなければならないように感じている仕事」であると著者は定義しています。給与が低いとか、職場環境が悪いといった部類の仕事は、ここでいうブルシットジョブには該当しません。
グレーバーによると、ブルシットジョブには5種類あります。そのうちの1つが「書類穴埋め人」です。「ある組織が実際にはやっていないことをやっていると主張できるようにすることが、主要ないし唯一の存在理由であるような被雇用者」のことを指します。
私が実際に体験した「書類穴埋め人」のひとつは、受付の検温係です。感染症予防のために受付で検温すること自体は重要です。しかし、形式的になっているケースも多いのです。例えば、私が通っているジムでは来館時の検温を行っています。寒い時期になると、検温結果が低すぎてエラーが頻発します。検温の際、明らかにエラー音が出ているのに担当者から「はい。大丈夫です」と言われることもあります。
受付での検温に加えて、最近の健康状態についてシートに記入するようなケースもあります。住所氏名連絡先まで書いた個人情報満載のシートなのですが、受付デスクで束になって放置されていたりします。「感染症対策としてここまでやっています」と言えることが重要なのでしょう。
私が実際に体験したもうひとつの「書類穴埋め人」は企業のコンプライアンス担当者です。以前私が勤務していた会社は、株式上場を目指して社内の体制を整備していました。その一環として、「複数の企業を上場させた管理部門のプロ」という人物を雇って上場準備に着手しました。
上場準備のために新たに加わった業務のひとつが「反社チェック」です。販売、購入、雇用などの契約を結ぶ前に、対象者・対象法人が反社会的勢力に関係していないかチェックする業務のことです。具体的には、複数の検索ツールを使って対象の法人名・取締役の名前などと「暴力団・ヤクザ・訴訟・インサイダー」といったワードでand検索をかけます(実際の検索ワードはこれの何倍もあります)。この検索で怪しい結果が出なければ晴れて取引OKとなります。検索作業者は、検索結果のスクリーンショットを撮って所定の場所に格納します。ほぼ100%、1次チェックで合格になるのですが、まれに検索ワードに引っかかったりします。しかし2次チェックをすると、問題の記事に出てくる人物は調査対象者と同姓同名の別人だったとわかります。
例えば、備品をamazonで購入するときも事前に反社チェックが必要になります。検索、検索OKを受けて承認、検索結果貼り付け等一連の業務に数分かかります。いったんチェックOKであれば、「No.xxxxにて反社チェック済」等の記載をして2回目以降のチェックは省略できるのですが、それでもチェック済のナンバー確認等で一定の時間がかかります。1件だけならたいしたコストではありませんが、それが1日数件、数10件と重なってくるとチェック作業者にとって大きな負担になります。契約を申請する側も、すぐに契約したいのに反社チェックの承認待ちで翌日以降に持ち越しという事態が発生します。相手には「反社チェックで時間がかかっているのでお待ちください」とは言えないのでどうにかこうにかごまかします。反社チェックに時間がかかりすぎて各方面に弊害が出ているということで、解決のために役員や管理部門の主要メンバーを集めた会議が開かれました。会議の開催自体、大きなコストです。その会議では、「反社チェックするための人員が足りないので追加でパート職員を雇おう」という結論に達しました。
確かに、知らないうちに反社会的勢力とかかわりのある企業や個人と契約することは避けるべきでしょう。しかしそのために上記のようなコストがかかるのは割に合わない気がします。これはまさに「書類穴埋め人」の典型例ではないでしょうか。
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