イノベーション戦略アドバイザーのマシュー・E・メイは、ある企業のコンサルティングをしていて、「幹部社員たちが、部下のアイデアを握りつぶして改善のチャンスを逃している」と指摘しました。幹部社員はこのレポートに猛反発しました。「我々は社員のアイデアを尊重している。あなたの指摘は的外れだ」と言うのです。
メイ氏は一計を案じで自分の指摘が正しいことを証明することにしました。約120人の地位も年齢も異なる社員が集まるミーティングで、とあるエクササイズを行ったのです。参加者は10以上のテーブルに分かれて座ります。メイ氏はどのテーブルにも様々な地位や年齢の社員が混ざるようにしました。参加者は、テーブルごとに「月でのサバイバル」というエクササイズにチャレンジします。月面に墜落して宇宙船から弾き飛ばされたとします。手元には25個のアイテムがあり、それらを使って宇宙船までたどり着くために重要なものから順にアイテムをランク付けします。最初は個々でランク付けをおこない、その後グループ全体で話し合ってチームとしてのランク付けを決定します。実はこの課題には、NASAが作成した正解があります。そして、この正解を各テーブルで最も地位が低い、あるいは最年少の参加者に教えます。答えを知らされた参加者は、エクササイズで、自分の答えが正解であることを地位の高い人や年長者に納得させる役目だと伝えられます。ただし、「自分は正解を知らされている」ということは言ってはいけません。結果はどうなったと思いますか?正解を知っているメンバーがいるにもかかわらず、どのチームも正しいランク付けができなかったのです。この結果をもって、メイ氏は「幹部社員が部下の有益なアイデアを握りつぶしている」ということを証明することができました。
このように、自分が考えたり自分が作ったりしてないものを過小評価する現象は「自前主義バイアス」と呼ばれています。私も、自前主義バイアスが働くのを目の当たりにしたことがあります。教育系サービスを提供する企業に勤めていたときのことです。前半3日間・後半3日間、合計6日間の講座があって、価格は3日間で5万円、6日間連続で申し込むと9万円でした。私はこの講座に関して、前半後半に分ける枠組みを廃止して「5日間で8万円」というパッケージに変更すべきと考えました。過去のデータを分析した結果、その方がトータルで利益が上がるという確証があったのです。分析データとともに当時の上司に提案してみたのですが、「今のパッケージでもそれなりにうまくいっているのだからあえて変更する必要はないんじゃないか」ということで却下されました。
数年後、同じ上司から例の講座について過去の申し込み状況などのデータをまとめるように指示されました。私が提出した資料を見た上司は「講座のパッケージを5日間で8万円に変更しよう」と言いました。その資料の内容は、数年前に却下された資料とさほど変わりません。根拠となるデータはほぼ同じなのに、意思決定の内容は真逆になったのです。上司目線で考えると、部下の提案か自分の発案かの違いだけです。おそらく上司は、数年前の私の提案は忘れていたと思います。そして何かのきっかけで、「5日間8万円にしたほうがいいんじゃないか」というアイデアを得たのでしょう。あとはそれを裏付けるデータを手に入れて、意思決定するだけです。
自前主義バイアスにとらわれることによって、チャンスを逃さないためにどうすればいいでしょうか。あなたが他人のアイデアに対して否定的な気持ちが浮かんだときに一歩立ち止まって考えましょう。「もしこのアイデアが自分で思いついたものだったとしたらどう評価するだろうか」と考えてみるのです。そこで「アイデアとしては悪くない」と思えるようなら、最初の拒否反応は自前主義バイアスによるものだったとわかります。また、自分の提案が自前主義バイアスによって握りつぶされないようにする手立てもあります。相手に「このアイデアは自分が考えたものだ」と思わせるように誘導するのです。先の講座の例でいえば、いきなり提案を持っていったのが敗因だったと思います。提案を前にした上司は「部下が先に考え付くようなアイデアにたいした価値はない。本当に価値あるアイデアなら自分が先に気付いているはず」と思ってしまうのです。例えば、正式な提案の前に「講座の利益をよりよくするために日程とか価格体系を変更するということを考えているんですけどどう思います?」といった具合に雑談のノリで話してみる。そして上司から「3日×2ではなく5日で1セットというのもアリかも」という話を引き出せれば成功です。ぜひ通したい提案があるときは試してみてください。