専門家は自分の専門分野に関して常に正しい判断ができるわけではありません。例えば、熟練した放射線技師が同じX線写真を二度、別の機会に見せられました。20%の放射線技師は二度目のときに「正常」と「異常」の判断が初回と異なりました。他の分野の専門家で同様の実験を行って、同様の結果が出ています。結局、人間の判断は環境やそのときの気分で変わってしまうようです。
私も同様の経験があります。以前勤めていた会社では、毎週2回全支店の責任者を本部に集めて会議をしていました。参加者の交通費や、時間的コストに見合うだけの成果を得られていないと考えた私は、週2回の会議を週1回にすることを提案しました。そうすることによって、交通費は確実に節減できるし、会議に参加していた時間を支店での仕事に集中できます。また、会議が週1回減っても電話やメールでのコミュニケーションで十分補えるというのが私の主張でした。私の提案は、当時の部長から却下されました。「直接顔を合わせて話をするメリットの方が大きい」というのが却下の主な理由でした。それからしばらく後、部長から「今後、会議を週1回にしたい」という話がありました。私の提案の後でどのような心境の変化があったのかはわかりません。ただ、当時の部長の様子を見るに、私の提案のことはすっかり記憶から消えてしまっているようでした。「完全に自分の判断で決めた」という様子でした。
このように、まったく同じ内容でもそのときの状況によって意思決定が180度変わってしまうことはよくあるのです。せっかくいい提案を考えても、それを持ち出すタイミングが悪くて決まらないというのは悲しいことです。提案を通しやすいタイミングに提出しましょう。どのようようなタイミングがいいのか。ひとつは、意思決定者の気分がよさそうなときです。日頃から対象者をよく観察して、機嫌がいいとき、悪いときの様子を覚えておきましょう。そして、機嫌がいいときのサインが出ているのを見計らって提案を持っていくのです。もうひとつは、時間帯です。ぜひ決めたいと思っている提案は、午前中に持ち掛けるのがいいでしょう。
スタンフォード大学で、イスラエルの刑務所において下される仮釈放の決定について調査が行われました。仮釈放が認められたのは全体の約3分の1でしたが、成否は時間帯によって大きくばらつきがありました。午前中の早い時間帯では約70%の受刑者が仮釈放を認められました。一方で、午後遅い時間帯だと仮釈放が認められた受刑者は10%にも満たなかったのです。仮釈放が認められるかどうかは、受刑者の人種や犯罪の内容などとは関係なく、決定の時間によって変わるということが分かったのです。申請の内容を読んで、仮釈放の成否を決めるのはエネルギーを要する作業です。これを朝から夕方まで次々にこなしていくと、疲労困憊します。人は疲労しているとき、安易な選択や間違った意思決定をしがちです。
あなたの上司も、夕方になれば精神的にも肉体的に疲れています。そんなときに新たな提案を持ちかけられたらどうなるでしょう。提案にOKを出せば、上司もOKを出した責任が発生します。また、今後その提案に関する仕事が増えるでしょう。疲れている状態だと、そういった面倒を嫌って「いいのかどうかよくわからないから却下しておこう」と、安易な選択をする可能性が高くなります。頭が冴えている午前の早い時間であれば、提案のメリット・デメリットを比較検討したうえで判断をしてもらえるでしょう。また、あなた自身も重要な決断を夕方以降にするのは避けた方がいいでしょう。