余計な「を」を入れる

「お待たせをいたしました」。電車のアナウンスや店員の案内などで、このような言い回しを聞いたことがあると思います。「お待たせを」の「を」は不要です。なぜ不要なのか、そしてなぜ不要な「を」を入れて話す人がいるのかについて検証します。
「は」「が」「を」などの格助詞は、名詞・代名詞の直後に使われます。「散歩するは楽しい」という文は、「散歩する」という動詞の直後に格助詞「は」が使われているので非文法的です。「散歩することは楽しい」であれば、名詞「こと」の後に格助詞があるので問題ありません。「お待たせをいたしました」が文法的に問題ないと仮定すると、「お待たせ」は名詞であるということになります。しかし、「お待たせ」という名詞は存在しません。
この文では「お~する」とか「いたす」という謙譲表現が使われています。謙譲表現を抜くと「待たせた」となります。この文は、動詞「待つ」+使役の助動詞「せる」+過去の助動詞「た」で構成されています。ここに格助詞「を」が入る余地はありません。
「待たせをした」という表現は、明らかにおかしいと感じる人がほとんどだと思います。なぜか謙譲表現が入ると「お待たせをいたしました」などと、要らぬ「を」付けてしまう人もいるんですね。


1. 社長にお会いをいたしました
2. 私からお伝えをいたします。
3. ご理解をいただければ幸いです。

上の3つの文はいずれも「を」は不要です。1に関しては「会い」という名詞はないですから、「を」が不要とわかるでしょう。2については「伝え」という名詞は確かにあります。しかし、「伝えをする」という言い方は存在しません。3に関してはどうでしょうか。「理解」という名詞も確かに存在します。しかし、3の「理解」を名詞と解釈することはできません。3の謙譲語「いただく」を、謙譲表現ではない「もらう」にすると「ご理解をもらえれば幸いです」となります。「理解」はもらうものではありません。3で使われている「理解」は、名詞ではなく、動詞「理解する」の一部なのです。したがって、「を」を入れることはできません。
なぜ不要な「を」が入ってしまうのでしょうか。現代口語では、頻繁に格助詞が省略されます。日常会話では「カレーを食べた」ではなく、「を」を省略して「カレー食べた」と言う方が普通です。対等な立場が相手ではなく、先輩や上司が相手であっても「カレー食べた」と言う人の方が多いでしょう(ある程度コミュニケーションが取れている先輩や上司という前提です)。普段あまり話さない雲の上の存在のような大先輩や上司が相手となると、「を」を入れて「カレーを食べました」と言う人が多くなると思います。要するに、日本語の話者には「口語において敬意を示す必要がある相手に話すときには、格助詞を省略しない」という共通認識があるということです。これが拡大解釈されて、「入りそうなとこにはとりあえず『を』を入れておけば安心」と思って余計な「を」を入れてしまうのではないでしょうか。

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