科学的な検証結果を活かせない人々

今から10年以上前に行った会社の研修の話をします。参加者は山奥の宿舎に連れていかれます。そこにはヤクザみたいな鋭い眼光の講師がいました。まず受講生は大声で自己紹介をするのですが、「声が出ていない」「姿勢が悪い」とかなんとかいって何度もやり直しを食らいます。次に「仕事とは何か」みたいなことが書かれた3行ほどの文章を延々大声で読ませ続けます。いつ終わるかもわからずに、叫び続けていると周りではひとり、またひとりと涙を流しています。講師が泣いている受講者を抱きしめると、受講者はさらに激しく泣いてその場で崩れ落ちる人もいます。私は「何を泣くことがあるのか」と思いながら、与えられた文章を読み続けました。各自が過去の自分の失敗を話すセッションでは、「時間配分の見積もりが甘かったために期限内に仕事が終わりませんでした」といったヌルい話でやり過ごそうとすると講師からの罵声が飛んできます。シラフでは他人にとても言えないような話でなければ許してもらえません。そんな中、あまり声が出ていない受講生や自分をさらけ出せない受講生にブチ切れた講師は「もう研修は終わりだ」と言って控室に引っ込んでしまいます。受講生たちは相談して全員で講師に謝りに行きます。「我々はこのままでは会社に戻れません。真剣にやるので研修を続けさせてください!!」と懇願した結果、講師は戻ってくれました。今後の決意を語る最終試験では、全員がボロカスに罵倒されて精神崩壊寸前になりながらも終わったら「よくやった」と講師に抱擁されてほぼ全員号泣です。
よくある自己啓発セミナータイプの研修です。その会社で今も行われているのかはわかりませんが、当時の経営陣は「研修から帰ってきた受講生の目の色が違う」といってこの研修を絶賛していました。1泊2日の研修で受講生ひとりあたり10万円以上の費用がかかっていたらしいです。その金額を知ったときは「研修にそんな金をかけるくらいならボーナスとかで社員に還元してよ」と思ったものです。この研修は果たしてそれだけのコストをかける価値があったのでしょうか。
話題は変わって約40年前のアメリカ。当時のアメリカでは、ティーンエイジャーによる犯罪が社会問題になっていました。非行に走る少年少女を更生させるために、「スケアード・ストレート」という番組が企画されました。非行少年に恐怖を与えて更生させようという意味です。
このプログラムに参加した非行少年は刑務所を訪問します。たいていの子どもたちは観光気分でヘラヘラしながら刑務所の門をくぐりますが、すぐに看守の洗礼を浴びます。看守に「刑務所に入ったら我々の命令に従え!」と言われて独房棟に連れていかれます。そこで終身刑の囚人たちと面会します。囚人たちは子どもたちに不穏な話をします。「お前とお前気に入らないな。ヘラヘラしてると殴り飛ばすぞ」「将来お前らがここに来たらたっぷりかわいがってやるよ」恐怖で黙ったままの子どもたちに対して、ある囚人が語り始めます。「俺はここに来てから毎日公開している。でもお前たちは刑務所に入らずにすむチャンスがあるだろう」刑務所をあとにした子どもたちは「怖かった。もう戻りたくない」「人生が変わった」「これからは犯罪はやめる」などと語ったのでした。
この番組に参加した17人の子どもたちのうち16人は撮影から3か月経過しても犯罪に手を染めていませんでした。また、プログラム全体で見ると再犯率が大幅に下がっているとのことです。この刑務所を訪問した非行少年の8割から9割がその後更生したというデータもあります。スケアード・ストレートは非行少年を更生させる素晴らしいプログラムだとして、アメリカ全土で実施されました。しかし、その後厳密な検証を行った結果、実はスケアード・ストレートは子どもたちを更生させるどころか、再犯率が高くなることがわかりました。
ラトガース大学のフィンケナウアー教授は、スケアード・ストレートに本当に効果があるのか検証しました。非行歴のある少年を、スケアード・ストレートに参加したグループと参加しなかったグループに分けました。そして、プログラムに参加した少年たちは、参加しなかった少年たちと比較して再犯率が高かったことが判明したのです。スケアード・ストレートは科学的な手法で「更生の役には立たない」ということが証明されたのですが、多くの人々がその結果に拒否反応を示しました。スケアード・ストレートの支持者は「素人の話で聞くに値しない」と言ってますますプログラムへの信頼を強めたのです。「非行少年が刑務所で囚人と面会して、強烈な体験をする。ショックを受けた少年たちは更生を誓う」というストーリーは、科学的な検証結果を無視させてしまうほどに魅力的だったというわけです。
最初に話した会社の研修でも同様のことが言えるでしょう。「受講者は講師から徹底的にしごかれて人格崩壊寸前まで追いつめられるが、最終的に自分に打ち勝ってみんなの前で今後の決意を絶叫する」というストーリーはインパクトがあります。会社の幹部は最終スピーチの映像を見て「みんなこんなに根性があったのか。清々しい、いい顔をしている」と感銘を受けるでしょう。しかし本当にこの研修がその後の仕事に活かされているのかは別途検証が必要です。私が所属していた部署からは4人が参加しましたが、私以外の3人は研修から3年以内に不祥事などが原因でおそらく不本意な形で会社を去っています。同じ部署で研修に参加しなかった社員と比較するとかなり悪い結果です。サンプル数は少ないですが、少なくとも私の部署においてはこの研修は意味がなかったといえるでしょう。そのような結果が出ても会社はこの研修を続けています(私が退職した2015年以降のことはわかりません)。

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