「させていただく」は「させてもらう」の謙譲表現で、誰かの許可を得て、あるいは誰かから便宜を図ってもらっておこなう行為を意味します。許可を出す相手や、便宜を図る主体に敬意を示す敬語表現です。
(1) ここに車を停めさせていただいてもよろしいでしょうか。
(1)では、駐車する許可を出す権限のある人(管理人、オーナーなど)に許可を求めていて、権限者に敬意を示しています。
「させていただく」という表現が、本来の意味を逸脱して使われてることも多いです。
(2) 日頃の感謝の気持ちを込めて、全品半額にてご提供させていただきます。
(3) まことに勝手ながら、8/31をもって閉店させていただきます。
(2)のようなお店のアナウンスはよく見聞きします。客に向けての言葉だと思うのですが、店は客から半額にすることについて事前に相談のうえ許可を取ったわけではないでしょう。(3)のような貼り紙もよく目にしますが、顧客から「店を閉めてもいいですよ」という許可をもらったわけではないでしょう。いずれも、誰かから許可をもらったわけではないのに「させていただく」という表現を使っている例です。
(4) 今日限りで辞めさせていただきます。
(5) このような行為は看過しがたく、断固として抗議させていただきます。
(4)(5)、いずれも「誰かから許可を得た」という意味合いはないでしょう。「させていただく」というのは本来敬語表現ですが、(4)(5)とも、むしろ強い決意や非難の気持ちが伝わってきます。
(6) (顧客に対して)この地域を担当させていただいている田中と申します。
(7) (記者会見で)このたび主演を務めさせていただく鈴木です。
(6)のような営業トークをよく耳にします。実際、田中さんが該当地域を担当するにあたって、会社からの許可はあったのかもしれません。そうだとしても、この表現は敬語の使い方を間違えています。(6)において、敬意は「田中さんが該当地域を担当することについて許可を出した人」に向けられています。そしてそれは通常田中さんの上司など、同じ会社の人物です。顧客と話しているときに、自分の会社の人間に敬意を示すような敬語の使い方はNGです。
(7)も同様です。鈴木さんを主演に抜擢することを決めたプロデューサーなりスポンサーなりが存在するのかもしれませんが、そういった人に対して記者会見で敬意を示す必要はありません。
(8) 人身事故の影響により、この電車は行き先を〇〇に変更させていただきます。
駅のアナウンスでも「させていただく」という表現をよく耳にします。(8)はもう決定事項であり、乗客の許可を取ったわけではないし取る必要もありません。このように、駅では聞き手である乗客には一切承諾する権限がないのに「させていただく」という表現が出ることが多いですね。
(2)~(8)を「させていただく」を使わない表現に変えてみましょう。
(2) 日頃の感謝の気持ちを込めて、全品半額にてご提供いたします。
(3) まことに勝手ながら、8/31をもって閉店いたします。
(4) 今日限りで辞めます。
(5) このような行為は看過しがたく、断固として抗議します。
(6) この地域を担当している田中と申します。
(7) このたび主演を務める鈴木です。
(8) 人身事故の影響により、この電車は行き先を〇〇に変更いたします。
いずれも、謙譲語や丁寧語を使っています。しかし、何か丁寧さに欠けるのではないかと不安になる人もいるでしょう。そう感じるのは「敬意逓減の法則」のためです。敬意が高いとされていた言葉も時間の経過とともに敬意が薄まってしまうものなのです。
例えば、「貴様」という言葉はその字を見ればわかるように昔は身分が高い人に対して使われていました。しかし時代とともに敬意が下がり、同格の相手に使う言葉になり、現代では目下の人に使われるようになったのです。
「亡くなる」というのは「死ぬ」の婉曲表現ですが、「亡くなる」だけだと敬意が足りないと感じる人が多くなり、「お亡くなりになる」という敬語表現を使う人が多くなりました。それでも敬意が不十分だと感じる人は、「お亡くなりになられる」という言い方をします。この表現は尊敬語を重ねて使う「二重敬語」で、現代語では不適切なのですが、使う人は多いしそれを「おかしい」と感じる人は少ないと思います。
「させていだきます」の多用に関しても、同様の背景があるのではないでしょうか。「変更します」でも丁寧語を使っているのですが「もっと丁重な言い方を」と思って「変更いたします」と謙譲語を使う人が出てきて、「これでも丁重さが足りない」と思って「変更させていただきます」に進化を遂げたと推測しています。
SNSの発達も影響しているかもしれません。ちょっと失礼な表現をしただけで極悪人のように批判コメントが殺到する時代です。「言葉遣いで突っ込まれることがないように」と思うと、必要以上に敬語を盛り込みたくなるのも無理はありません。そのようにして、「させていただく」だらけで本来伝えたいメッセージが読み取りにくい文章が出来上がるのかもしれません。
私も、話すときや文章を書くときに本来の使い方でない「させていただく」を使わないようにしてみたのですが難しいですね。「させていただく」に安易に頼り過ぎていたことに気付かされます。