集団で何かに取り組むとき、人は手を抜く傾向があります。例えば、たくさんある荷物を1時間のうちにできるだけたくさん運ぶという仕事があるとしましょう。この仕事を1人でやった場合、時間内に自分がどれだけの荷物を運んだかは明確にわかります。しかし100人でやった場合は、それぞれがどれだけの荷物を運んだかを把握することは難しいですね。したがって、多くの人は1人でやるときと比べて荷物を運ぶ量が少なくなるでしょう。
社会的手抜きに関しては様々な実験が行われている。1974年、心理学者アラン・インガムによる綱引きの実験を紹介しましょう。
・被験者は目隠しをして綱を握っている
・綱の向こうは機械につながっている。
・被験者は「他に大勢の人が綱を握っていて、集団として力を測定する」と言われて
綱を引っ張る。その後、同じように「ひとりの力を測定する」と言われて
今度はひとりで綱を引っ張る。
2回の測定とも、実はひとりで綱を引っ張っているのですがが、集団で引っ張っていると思っているときは、ひとりで引っ張っていると思っているときと比べて引っ張る力が平均18%弱くなるという結果が出ました。このような現象を「社会的手抜き」、あるいは「リンゲルマン効果」と呼びます。
リンゲルマン効果は、集団の人数が多ければ多いほど大きくなることが実験で確認されています。つまり、人数が増えるとより手抜きをするということです。小中学生時代のことを思い出してみてください。みんなで歌を歌うという場面で、「おまえら全然声が出てないぞ!」とブチ切れる先生がいましたよね。そして怒られた後は、皆最初より大きな声で歌います。できるんだったら最初からやればいいのですが、無意識のうちに「自分が頑張って歌わなくてもわからないだろう」と考えて声が小さくなってしまうのです。1クラス、1学年、学校全体と集団の人数が増えるほど、ひとりの声量は小さくなっていきます。
こういった手抜きが起こらないようにするためにはどうすればよいでしょうか。個人のパフォーマンスをしっかり見るようにして、集団のメンバーにもそのことを周知するのは一つの方法です。
ここで、社会的手抜きを防ぐための思考実験をしてみましょう。
あなたは10人の社員を雇う経営者です。社員には毎月20万円の給料を払っています。社員は、「真面目に働く」「さぼる」という2つの選択肢があります。真面目に働いた場合、体力と精神力を消耗します。その消耗を金額に換算すると10万円分だとします。つまり、真面目に働くと月の利益は差し引き10万円です。一方、さぼった場合は消耗しないので月の利益は給料まるごと1か月分、20万円です。合理的な社員であれば、「さぼる」という選択肢を選ぶでしょう(これはあくまで思考実験。社員はさぼることに罪悪感を感じないし、真面目に働くことに充実感を得たりしません。判断基準はトータルの利益のみと考えてください)。あなたは経営者として、社員には真面目に働いてほしい。そのために、あなたはさぼる社員に解雇をちらつかせて真面目に働かせることができます。
真面目に働く:10万円の利益
さぼる :20万円の利益
解雇される :0円の利益
「真面目に働かないと解雇するぞ」と言われたら、合理的な社員は真面目に働くでしょう。ここである条件を加えます。あなたが解雇できる社員は1人だけです。2人以上解雇すると、会社が回らなくなってしまうのです。そして悪いことに、社員は全員その事実を知っています。
このとき、「さぼっている社員の中から1人を選んで解雇する」といったら、どうなるでしょうか。社員は結託して、全員がさぼるようになるでしょう。その場合の利益の期待値を以下に整理してみます。
1割の確率で解雇される :0円×0.1=0円
9割の確率で解雇されない:20万円×0.9=18万円
ということで全員さぼった場合の利益の期待値は18万円です。真面目に働いた場合の利益10万円を上回っているので、合理的な社員は「結託して全員さぼる」という選択をします。「全員を脅す」という方法ではうまくいかないようです。
実は、1人を脅して全員を真面目に働かせるうまい方法があるのです。まず10人の社員に1から10までの番号を割り振ります。その番号は社員全員に伝えます。そして、社員1に「真面目に働かなければ首にする」と伝えます。社員1はさぼると確実に解雇されるので、真面目に働くでしょう。次に、社員2に「社員1が真面目に働いて、あなたがさぼったら、あなたを首にする」と伝えます。社員2は、「社員1は首にならないように真面目に働くだろう。そうなると、私がさぼったら私は確実に首になってしまう」と考えて、真面目に働きます。この要領で、社員nに「社員1から社員n-1が真面目に働いて、あなたがさぼったら、あなたを首にする」と伝えていきます。社員10まで伝え終われば、全社員が真面目に働くようになるでしょう。この方法を使えば、全員が結託してさぼるということは起こりません。社員1はさぼったら確実に解雇されるので、結託してさぼることに同意しないからです。
この思考実験で、責任の所在が曖昧だと全員が「さぼる」とか「ルールに従わない」という選択肢を選びやすいということがわかったと思います。「集団の中の誰か」ではなく、「自分」が評価の対象になるということを全員に思わせれば社会的手抜きを防ぐことができるのです。このやり方を現実世界でそのまま使うことは難しいかもしれませんが、実態に即して応用してみてはいかがでしょうか。